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フルナギネヲの雑記帖

トラッド/オリジナル

 あるアイリッシュの笛奏者の方がおっしゃっていた、「トラッドを演奏するときとオリジナルを演奏するときで奏法などのアプローチを変えるべきだ」というのは、ジャズの演奏家にとっても含蓄のある視点だった。より正確には「トラッドを演奏する時はトラッドらしく、"自分らしい表現"はオリジナルで出せばいい」という意見である。
 ジャズもそうかも知れない。アメリカ人の書いた曲をアメリカ人がやったように真似してやるのは、いわば「伝統音楽(民族音楽)」へのアプローチに近い。伝統音楽には伝統音楽の良さがあるのだから、伝統音楽をやりたい人は(もしくは伝統的なアプローチが要求されている時は)伝統音楽らしいアプローチでやればいい。逆に、伝統音楽(民族音楽)では飽き足りない、現代を生きる日本人の俺にしか出せない音を出したいというのであれば、オリジナルを書けばいいということである。伝統的なやり方を取り入れてもいいし、取り入れなくてもいい。別に日本らしさということにこだわる必要もない。書きたいものを書けばいいのだ。
 ジャズという言葉は──もちろんジャズに限った話ではないが──、実際として「伝統的な」ものと「前衛的な」ものを両方含んでいる、曖昧なジャンル名である。ジャズを聴く時、もしくは演奏する時、それが本当にジャズなのか、自分が求めているジャズなのか、聴衆が求めているジャズなのか、という問いに自信をもって答えるのは往々にして難しい。しかしこの「トラッド/オリジナル」という枠組みがこのややこしさに一縷の光明を与えてくれたような気がする。